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お知らせ

なぜ切り抜きした情報を鵜呑みにしてしまうのか

皆さまこんにちは、隊員1号です!
今年もだんだん暑くなってきました。水分はしっかりとって熱中症には十分気を付けてください。

 

さて、突然ですが皆さんはネットの情報をどれぐらい信じていますか?
SNSやニュース、他にもCopilotやChatGPTのようなチャット型AIなど、疑問に思ったことや社会で起きた事件、ゴシップなどについての情報をこれらから拾っている方が多いと思います。

私自身AIのヘビーユーザーで、なんでもAIに聞いて「なるほどね」なんて言ってしまいます。

似たようなことをしている人いませんか?仲間ですね😊

しかし、高性能なAIでも間違ったことを話す可能性があるんです。その間違った情報を「はいはい」と納得しちゃうことがありますよね。

SNSやニュース、TikTokやYouTubeなどの切り抜き動画からの情報でも同じです。何の確証もないのに、なぜか鵜呑みにしてしまうことがあります。

これ、なんでだと思いますか?まず私なりの意見を聞いてください。


人は切り抜きという一つの情報に対して、憶測で架空の線を繋いで自分勝手に納得してしまっているからじゃないかと考えています。
憶測は情報社会において常に発生してしまうものですが、その憶測が悪さをしているのではないかと。

特に印象の悪い、ネガティブな情報ほど、憶測はひどくなっている気がします。憶測が憶測を生んで、頭の中で勝手に話が進んでしまう。そうやって、何の確証もない情報を鵜呑みにしてしまうんじゃないかと思うんです。
「え、てことはこういうことで、あっそういうことなの?!」という感じで。


そして、SNSだと自分が納得し始めたところで、たくさんの人のコメントを見て、自分の考えと近しいコメントを見るたびに答え合わせした感覚になって、正しいという考えがまとまってしまう。
顔も分からない人のコメントにも何の確証もないことを都合よく無視して。ここまでくると、自分の考え以外は間違いだと思って、無視すべき情報だと思っちゃうんじゃないかと。


ここまでは私の想像です。気になったのでちょっと調べてみました。


すると、私が考えていたことには、ちゃんと名前がついていました。
・ネガティブな情報ほど強く印象に残る「ネガティビティ・バイアス」。
嫌な噂や暗い話題がやけに記憶に残ってしまうのは、危険から身を守ろうとする本能が働いているからだという話もあります。不快な状況を避け、生き残るための仕組みが脳に備わっているみたいですね。


・SNSで似た意見が反響して確信が強まっていく「フィルターバブル」「エコーチェンバー」。
XやYouTubeなどのアルゴリズム機能で自分好みの情報や意見が近い人ばかりに囲まれて他と遮断されたり、自分が発信した意見に似た意見が返ってくることで思想が増幅したり。これらは知らず知らずのうちに自分の考えを固定化し、視野を狭くしてしまうことがあるようです。

 

※ネガティビティ・バイアス(出典元:『錯思コレクション』十文字学園女子大学運営)
https://www.jumonji-u.ac.jp/sscs/ikeda/cognitive_bias/cate_m/m_11.html

※フィルターバブル、エコーチェンバー(出典元:総務省『令和5年度版 情報通信白書』より)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd123120.html

しっかりと研究されているようですね。


他にも、AIに聞いてみたらこんなことが返ってきました。


人間が言葉の切り抜きで物事を判断してしまうのは、主に脳が情報処理を効率化しようとする仕組みによるものです。
私たちの脳は膨大な情報すべてを丁寧に検証する余裕がないため、目立つ一部分(断片)を手がかりにして全体を素早く判断しようとします。これは「認知的倹約」と呼ばれる傾向で、エネルギーを節約するために進化した自然な働きです。
加えて、感情を強く刺激する言葉ほど記憶に残りやすく、文脈よりも印象が優先されてしまいます。怒りや驚きを引き起こすフレーズは拡散もされやすく、前後の事情が省かれたまま広がっていきます。
さらに、人は自分がすでに持っている考えに合う情報を選びがちで(確証バイアス)、切り抜かれた言葉が自分の信念を裏づけるものだと、それだけで「やはりそうだ」と納得してしまいます。
つまり、効率を求める脳のクセ、感情への反応のしやすさ、そして自分の見方を補強したい心理が組み合わさることで、文脈を確認しないまま断片で判断してしまうのです。


……と、「なるほどね」となりそうですが、鵜呑みにしてはいけません。


本当にあってる?自分の憶測で補完してない?AIも切り抜きで話しているかも?
一回立ち止まる必要がありそうです。


「これは確証のない情報かもしれない」と一拍置ける自分でいること。これが大事です。
SNSや記事の見出しも、同じく「切り抜き」ですよね。
見出しは記事の中身を短く言い切るためのものです。

だから、どうしても断定的で刺激的な言葉が選ばれやすいです。

私たちはその一行だけを見て、中身を読んだ気になって勝手に「こういう話だろう」と決めつけてしまう。


SNSや見出しがなぜあんなに強く印象に残るのか、今回調べてみて、仕組みが少しわかった気がします。
見出しだけで判断せず、「これは筆者が読者を惹きつけるために選んだ言葉かもしれない」と一歩引いて眺める癖をつけたいですね。
私もまだ、鵜呑みにしてしまうかもしれない人間です。

でも、今回ブログを書きながら気づけたのは、私にとって学びになりました。